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漢方エッセイ甘草のこころ

【建設業労働災害防止協会発行「建設の安全」平成17年11月号 健康管理コーナー 18~19ページ】

甘草(かんぞう)とは?

甘草はしょ糖の50倍の甘さをもつ植物とされます。その甘さは古来より珍重され、調味料、菓子や売薬等に使われています。日常馴染みのあるところで探すと、醤油があります。あの塩辛い味は甘草の甘味で引き立っているのです。仁丹にも多量に含まれています。甘草の用途は大半が食用で、漢方薬として用いられているのはごく一部です。

甘草は漢方薬のおよそ七割に配合されています。味を良くする目的だけで入っているわけではありません。甘草の主成分であるグリチルリチンは、腸内細菌によりグリチルレチン酸に変化して吸収され、強力な抗炎症作用を発揮します。グリチルリチンは蕁麻疹などのアレルギーの薬として、あるいは慢性肝炎の治療薬としてよく知られています。甘草を含む漢方薬として有名な方剤を挙げますと、葛根湯、小柴胡湯、補中益気湯、人参湯などがあり、いずれも炎症を伴った病態に用いる薬です。甘草は漢方薬の味を整えるだけの脇役ではなく、朝鮮人参、桂枝(シナモン)などの大スターと肩を並びうる立派な主役(薬)なのです。

副腎皮質ホルモンを利用する薬

最近、甘草の抗炎症作用の機序がわかってきました。なんと甘草は生体内の副腎皮質ホルモンを利用しているのです。

副腎皮質ホルモンは、その名の通り、我々の副腎皮質という臓器から分泌されるホルモンで、事故・急病など体に急激なストレスがかかったときに、体を守る方向に働いてくれます。とくに糖質副腎皮質ホルモンであるコルチゾールはプレドニン、デカドロンなどの薬剤として作製され、最も強力な抗炎症薬として喘息、膠原病など多くの難治性疾患治療の「切り札」として用いられています。しかし、長期服用すると、骨をもろくさせ骨粗鬆症(こつそしょうしょう)を作ります。また感染に弱くなり、肥満、胃潰瘍をつくるなどのいろいろな副作用をきたす「恐い薬」としても有名です。

甘草由来のグリチルレチン酸は、このコルチゾールを不活化する反応を進める酵素である11β-HSDを抑制します。少々ややこしくてすみません。つまりコルチゾールの働きを長びかせることで副腎皮質ホルモンの抗炎症作用をより強力に発揮させるのです。体内のコルチゾールには、外から投与したときのような副作用はありませんので、とても賢い薬なのです。

甘草にはもうひとつ作用があります。それは体内の水を保つ働きです。 甘草がとくに多量に使われる薬に四逆湯(しぎゃくとう)があります。甘草の使用量は通常1日2g以下ですが、四逆湯では1日約5gの大量を用います。四逆湯の絶対的適応はショックあるいは前ショックで、循環動態のトラブルにより血管内の水分が極度に不足した状態を改善します。甘草は原因としての炎症を抑えるだけでなく、体内の水を保つこともできますので、ショックに対しては極めて合理的な薬物と考えられます。

この機序にも副腎皮質ホルモンが関係しています。コルチゾールは、水代謝をつかさどるミネラルコルチコイド受容体と強力に結合しやすいために、その作用が長引くと、体内に水を貯留させてしまいます。具体的には浮腫、血圧上昇、低カリウム血症、尿量減少などの症状を呈します。電解質副腎皮質ホルモンであるアルドステロンが増えたときと同じ症状なので偽性アルドステロン症と呼ばれます。

漢方薬による最も頻度の高い副作用がこの偽性アルドステロン症です。これは漢方を詳しく知らない医師でも知っている有名な副作用でもあります。漢方薬を服用する全ての人に知っていただきたいと思います。

こむらがえりの芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)

こむらがえり(一部ではからすがいとも言うようです)という症状をご存知ですか?

夜中に急に足の筋肉がつっぱってひどい痛みをきたします。サッカーやバスケットボールなどの激しい運動後におこるこむらがえりはオーバーワークが原因で一時的ですが、中にはこむらがえりがおさまらず緊急に夜間受診する患者さんも少なくありません。ブスコパンなどの鎮痛剤を使ってもなかなか治りません。こういうときの特効薬が芍薬甘草湯です。治療の正否はその晩の当直医がこの薬を知っているか否かにかかっていると言ってもよいほどです。先ず1服、できれば2服をお湯に溶かして飲んでみてください。疼痛はたちどころに改善いたします。

筆者の漢方医の友人の中にはこの薬の著効体験から漢方薬を真剣に勉強するようになった方がたくさんいます。

こむらがえりは肝臓病の患者さんに多いそうですが、肝臓が悪くなくてもくりかえす方がおられます。一度この薬の有効性を知ると、またあの薬をと希望されることが多く、医者も快く処方いたします。そうこうしているうちに、あれ?血圧が高いぞ、手足がむくむぞ?なんてことから採血をしてみると血清カリウムがとても低下して、びっくりします。実は芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)の甘草は1日5gの大量が含まれているので、長期の服薬により偽性アルドステロン症を発症させる可能性が高いのです。低カリウム血症は通常は問題ありませんが、程度がひどいと不整脈をきたして重篤な状態をきたすこともありえます。甘草を含む漢方薬を服用している方はやはり3~6ヶ月に1回は採血して血清カリウム値に変動のないことを確認しなくてはいけません。医師も血圧・浮腫のチェックを定期的に行うべきです。

偽性アルドステロン症をきたしやすい条件としては、高血圧・浮腫のある人、高齢の女性と言われています。こうした条件がなくても起こることがあります。どう注意したらよいのでしょうか?その答えは医師も患者も「甘草のこころ」を理解することにあると考えています。

「甘草のこころ」は生育環境にある

甘草が水を保つ作用を有する理由はその生育環境にあるようです。甘草はマメ科の植物の根です。煎ってみるとまるでピーナッツのような香ばしいかおりがして、マメ科に属す植物であることを実感できます。中国東北部からモンゴルにかけての、殆ど砂漠に近い、厳しい環境に生えています。雨などのない、厳しく乾燥した環境で生きていますので、水を蓄える能力の高い雑草なのです。

地元の方がこれを採取すると幾ばくかのお金になるので、取りすぎが懸念されています。採取方法の問題もあるようです。甘草は根を適当に残しておけば、再生してくる生命の強い植物なのですが、もし根こそぎ取ってしまったり、あるいは採取後にその上に土をかけず放置しておいたりすると、厳しい乾燥気候のために枯れてしまい、その跡には何も生えなくなるそうです。甘草は砂漠化をくいとめている最後の植物なのです。生態系にとって非常に重要な役割を担っていると思われます。

筆者は日常たくさん使用していますが、甘草の乱獲の話を耳にしますと、あまり取りすぎないでくれ等と勝手なことを願ってしまいます。甘草は天然の貴重な資源です。大切に使いたいものです。

偽アルドステロン症を起こしたら先ず中止する

甘草の入った漢方薬はどんなに効いていてもただちに止めるべきです。血圧上昇とむくみは通常は2~3日でおさまってきます。よく質問を頂くことにこむらがえりの患者さんで偽アルドステロン症を起こしたら他にどのような薬を使ったらよいのかということがあります。芍薬甘草湯中のもうひとつの生薬である芍薬には筋肉のけいれんを緩める作用がありますので、甘草がなくて芍薬のある方剤を選択するとよいのです。

筆者は四物湯(当帰、芍薬、川きゅう、地黄)を含む漢方薬をお勧めしています。漢方医学的にみると、こむらがえりは筋の虚、すなわち体の物質的要素である血(けつ)の虚と考えられますので、治療薬として血を補う四物湯を基本とした方剤が良いと考えられます。一服後の、治療効果の鋭さでは芍薬甘草湯にはやや劣りますが、長期服薬では症状を治めることができるはずです。

さいごに

甘草は漢方薬の約七割に含まれており、その作用は炎症を抑えることと水を保つことにあります。医師も患者もそうした「甘草のこころ」を理解して、この大自然の恵みに対する感謝を忘れてはならないと思います。(伊藤)

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